あなたがサラリーマンであるか否か、あるいは、営業職か否かに限らず、いまやプレゼンテーションについてのスキルは、もはやビジネスにおいて、いやコミュニケーションにおいて、必要不可欠のスキルと言える。
営業さんが顧客キーマンに製品やサービスを紹介したり売り込む場合に限らず、社内で新しいプロジェクトを立ち上げる際に上層部の承認を得たり、あるいは起業家が自分の会社を興すために資金を調達する際にも、恋人にしたい相手に愛を告げるときにも、子供がお父さんやお母さんに欲しいものを買ってもらうときにも、プレゼンテーションのスキルがものを言う。
プレゼンテーションとは、あなたの提案を受け入れてもらうために、相手に「体験」を提供する行為である。
単なる「情報」の提供、ではない。
製品の仕様・外観・性能・機能を紹介するのがプレゼンテーションではないのだ。
あなたの計画やあなたが販売する製品・サービス、あるいはあなた自身がどれほど素晴らしいかを説明するのがプレゼンテーションではない。
あなたとの取引条件を説明するのがプレゼンテーションではない。
あなたの勝手な思いを相手に押しつけるのがプレゼンテーションではない。
プレゼンテーションとは、あなたの提案によって、相手に何が起こるか、どのような未来が待っているのか、という体験を現実に先回りして、チラっとだけ見せる映画のトレーラー(予告版)のようなものだ。
あなたの提案を受け入れれば、相手はそのプレゼンテーションで体験したような状態を手に入れることができる。
あなたの提案を聞いた上司や会社の上層部は、その提案を受け入れた自分が、その計画に関与することであまりにも大きな名誉や利益を享受できることを、想像してしまうのだ。
あなたの顧客は、あなたが進める商品を手に入れた自分が、一瞬にしてオシャレで有能なビジネスマンに変身した姿を思い浮かべてしまう。なんだったら、その先のことまで、たとえばバンバン仕事をもらって出世して大成功、欲しかったクルマに彼女を載せてデートしている姿まで、妄想してしまう。
あなたの愛の告白を聞いた相手は、あなたといれば、退屈な日常におさらばして、今まで体験したことがないようなステキな世界で暮らしている自分をイメージしてしまう…
プレゼンテーションのスキルを向上させれば…
あなたがただ者ではないことを相手に知らしめたり、あなたの提案を受け入れることが相手にのメリットになることを直感させたり、相手をあなたのファンに変えたりすることすら、できるようになる。
恐縮だが、私の事例を紹介しよう。
私がプレゼンテーションスキルの重要性を身をもって理解したのは、外国人が混じっている部署に異動してからである。
それまでの私は、どちらかというと技術者にありがちな、言葉で相手を説得したり誘導したりするよりは、むしろ地道なアクションの積み重ねによって、少しずつ相手に自分の努力や能力を理解してもらおうというタイプだった。
ところが、外国人混成部隊に入ってみて、驚いた。その自己アピールのすさまじさに、である。欧米系・アジア系を問わず、日本人には到底考えられないような図々しさ(失礼)で、ガンガン前に出てくる。
黙っていると、彼らがすべてを決めて、すべてを持って行ってしまう。それでも、彼らが自分の仕事にこちらを巻き込んでくれるなら、まだいい。利用されているにせよ、その間は居場所があるからだ。
しかし、彼らはたいてい、すべての仕事を持って行っては、スーパーマンみたいに自分ですべてをこなそうとするか、自分で勝手に仲間を増やして、言うことを聞かなそうな日本人を仲間外れにしてしまう。
一生懸命コツコツ仕事をするタイプの「昔の日本人」は、下手をすると居場所がなくなってしまうのだ。
私は英会話が得意ではなかった。駐在員とか帰国子女のように、外人上司と事業計画とか組織運営みたいなハイレベルの会話は現実的にムリだった。
そこで私はまず、自分のスキルとか過去の経験とかを振り返って、それを活用して滑り込めそうな場所を探すことにした。
組織の階層から言えば、かなり下のレベルだったが、部署内のあるチームの仕事で、私が持っている資格が使えそうなシステムサポート業務があった。
私がその仕事を担当したいと打診すると、そのチームのリーダーが「あなたの業務経験や保有しているスキルセット、それに今回の仕事で具体的に何をするかをプレゼンしてくれ」と言われた。
今まで日本人相手でこうした依頼をされたことはなかったので面食らったが、とりあえずプレゼン資料をまとめて、電話会議で海外にいるそのリーダーに説明を試みた。
その結果、私はなんとか彼のチームのメンバーとなることができたのだが… その後もチーム内でそれぞれ自分の国の文化について説明するとか、プレゼンの機会が実に多かった。
仕事のやりとりをするときも、1~2枚のプレゼンをつくって説明した方が、メールや口頭での説明より話が早いし、ミスも少ない。
こうして徐々に「プレゼン文化」に慣れていったが、やがてプレゼンのおかげでその後の運命を変えるような、予期せぬチャンスがやってきた。
私たちの組織のトップ、イギリス人上層幹部が日本にやってくることになった。その際、日本人メンバーは自分の業務を、短いプレゼンで紹介するようにという指示があった。
私が潜り込んだチームは、部署の中では小規模で業務内容もそれほど重視されていなかった。チームの業務も、部署にとってメインのミッションではない。
同じ日本人でも、昔から海外業務をしていた人や、海外駐在経験者は、海外の外国人チームと連絡をとりあってバリバリやっている。
海外業務経験もない上に英語も達者でなく、冴えないチームに属している私は、正直、その上司に合わせる顔がなかった。プレゼンと言っても、何を説明したらいいのか、わからない。
いざ、プレゼンの日。
私はその外国人のお偉いさんへのプレゼンでは、一番最後の順番に回された。たぶん、誰も私がきちんとプレゼンできるなどと思ってはいなかっただろう。
私の前で、日本人メンバーたちが次々と得意げに自分の実績や、現在進めているプロジェクトの状況などを、流暢な英語で報告していく。
所属しているチームのメンバーとは何とか片言の英語でやりとりするようになったものの、相変わらず下手くそな英語で挨拶をはじめた私に、その外国人幹部は最初、顔をあげようともしなかった。
私は淡々と、所属しているチームでの役割や、現在直面している問題、そして私自身ができること・やろうとしていることなどを説明していった。
たぶん最初は、私のプレゼントは関係ない別の資料を眺めていたらしい外国人幹部がいつしか、顔をあげて私の目を見ていることに気づいた。
コイツは(失礼、外国人幹部のこと)、私たち日本人の従業員が今までしてきた苦労、たとえば顧客から夜中に呼び出されるトラブルとか、徹夜続きのプロジェクトとか、そんなものをすべて理解しているのか。
オレたちの今までの会社生活をきちんと評価できるのか。オレの今までの努力は、ムダだったのか。
英語は下手かもしれないが、これまでやってきた仕事内容、会社人生に恥じるところはない。
私はちょっとムチャだと思ったが、私が所属するチームがどこか一カ所で集まってじっくりとプロジェクト計画を会話できるように、チーム全員が出張できる費用を捻出してほしい、と提案した。
メンバー全員の旅費・滞在費は、数百万円になるだろう。初めて会って初めて話をする雲の上の上司に、かなり失礼かつ不躾な話だと言える。
「場所は、どこがいいのか?」とその外国人幹部が尋ねた。
2カ月後…
私たちのチームは、ヨーロッパに集まって、実際に顔を合わせてミーティングをすることができた。
ろくに英語も話せない日本人の私が、このミーティングを提案して実現したことに、他のメンバーたちは驚いていたし、「おまえのおかげだ」と喜んでもいた。
メンバー5人が1週間も滞在するのにかかった費用を捻出するにあたって、きっとその外国人幹部は、私たちが知らないところでかなり苦労してくれたはずだ。
言葉や表現がヘタでも、聞き手が共感できる「何か」を持っていれば、プレゼンではそれが伝わる。相手に影響を与えて、行動を起こさせることができる。
ただし一点、覚えておかなければならないことがある。
プレゼンテーションはあくまで、あなたの夢・希望・プランを現実にするための、ほんのきっかけに過ぎない。
あなたの提案が受け入れられた後、それを現実に変える、長くて時にツラい作業が待っている。
相手が抱いたイメージと、その後実際に相手に提供する現実と間のギャップを埋めるのは、あなたの責任である。
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